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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)8109号 判決

債権者 トミー工業株式会社

債務者 御田克巳

主文

債権者が債務者のため、保証として、金二百万円を供託することを条件として、次の処分を命ずる。

(一)  債務者は特許第一九三、九五六号真珠ないし貝色色調を有する合成樹脂成型及び加工素材の製造法に関する特許権を使用し、又これを使用した商品を製造もしくは販売してはならない。

(二)  別紙目録〈省略〉記載の物件に対する債務者の占有を解いて債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は、この趣旨を公示するため、適当の方法をとらなければならない。

訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

第一債権者の主張

(申請の趣旨)

債権者訴訟代理人は、「債務者は、特許第一九三九五六号真珠ないし貝色色調を有する合成樹脂成型及び加工素材の製造法による特許権を使用し、又はこれを使用した商品を製造もしくは販売してはならない。債務者の右特許を使用する製品、半製品、仕掛品及び特許権侵害行為を組成した物件に対する債務者の占有を解き、これを債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。執行吏は、右命令の実行を確実ならしめるため、またその趣旨を公示するため、必要な、適当の方法をとらなければならない」旨の判決を求め、その理由として、次のとおり、述べた。

(申請の理由)

(一)  富樫国太郎は、その発明にかかる真珠ないし貝色色調をもつ合成樹脂成型及び加工素材の製造法について、昭和二十七年四月四日登録により主文第一項掲記の特許権(以下本件特許権という。)を得たが、同人は、昭和二十八年十二月三日、これを同人が代表取締役である債権者に譲渡し、債権者は、現に、本件特許権の権利者である。

(二)  しかして、本件特許権の権利範囲は、「魚鱗ことに太刀魚の魚鱗を揮発油アルコール、エーテル、テレピン油のような有機溶剤中に入れて攪伴し濾過して得られる粉末状又は糊状の精製した魚鱗の光体を、例えば、アクリル酸、スチロールヴイニールあるいは尿素樹脂のような透明の液状又は粉末状の合成樹脂の初期縮合物に対し、重量比において、二十から五十パーセント添加して得られる糊状原液を、当該合成樹脂の初期縮合物に対し、素材の使用目的に応じて、〇、一から五十パーセント混入したものを適当形状の容器に入れて密栓(封)し、該容器に対し素材中の魚鱗の光体の大部分が面状分布すなわち層状構成をなすような運動を賦与しつつ、加熱して重合を進行せしめ、最後に、該容器を破るか又は解体して内容物を取り出すことを特徴とする真珠ないし貝色色調を有する合成樹脂成型及び加工素材の製造法」であり、特許法にいわゆる方法の特許発明に属する。

(三)  債権者は、本件特許にかかる方法を使用してボタン等の商品を製造販売して来たところ、昭和二十九年初頭(遅くとも三月頃)から、債務者が、その経営する御田釦製作所において、真珠ないし貝色色調を有する合成樹脂成型及び加工素材の製造をし、債権者の販売する商品と類似するボタン等の商品を販売するに至つた。

(四)  右債務者の商品は、本件特許の方法を使用して製作されるものであり、債務者は、右の使用により、又その商品の販売によつて、債権者の有する本件特許権を侵害するものであるが、債権者の禁止の要求にかかわらず、依然その製造販売を続けている。

(五)  よつて、債権者は、債務者に対し、本件特許権に基き、その侵害行為禁止請求の本案訴訟を提起しようとするものであるが、債権者と債務者の商品は、その需要先が同一であるため、債権者は債務者の右権利侵害によつて、売上の減少その他により、現に年間約二千万円相当の損害を蒙りつつある実情なので、本案訴訟の判決確定を待つていては回復し難い損害を蒙ることとなるので、これを避けるため、本件申請に及ぶものである。

第二債務者の主張

(申立)

債務者訴訟代理人は、「債権者の申請を却下する」との判決を求め、債権者の主張に対し、次のとおり述べた。

(答弁)

一  債権者主張の事実のうち、前記(一)、(二)、(三)の事実は認めるが、(四)の事実及び(五)の損害額は否認する。

二  債務者の商品は、本件特許の方法とは、次の三点において、全く違つた債務者独自の方法(以下債務者の方法という。)によつて製作されているものであり、したがつて、債務者は何等本件特許権を侵害するものではない。すなわち、

(本件特許の方法との差異)

(一)  (材料において) 本件特許の方法においては、魚鱗を有機溶剤に入れ、これを合成樹脂の初期縮合物に添加して得る糊状原液を、更に、合成樹脂初期液合物に混合することとなつているが、債務者の方法においては、市販のパール、エツセンス(真珠精、オリエンタル、パール化成株式会社製品)を有機溶剤(醋酸エステル)にとかし、硝酸繊維素及び可塑剤を配合したものを材料とする。このように、両方法は、全く、その材料を異にする。債務者の材料は、市販品たるパール・エツセンスを使用するので、長期保存には耐えるが、そのため、混入されている硝酸繊維素が光線に対して弱く、又メタアクリル酸樹脂と完全な固溶体を作らず、粒子を生じ易いため、製品は、本件特許の方法によるものに比して、変色し易く、透明度が落ち、又光沢を失い易い等の欠点がある。これは、材料が異なることから生ずる差異である。

(二)  (賦与される運動において)本件特許権の出願手続中における異議申立手続において出願人である富樫国太郎の提出した第二答弁書の記載によれば、本件特許の方法において容器に賦与される運動は、その回転数において、遠心力の作用しない低速度であることを要件とされている。しかるに、債務者の方法は、回転数において、遠心力の作用する高速度であるこを要件とする。すなわち、二インチ半直径の円筒容器ならば毎分四百から五百回転、一インチ直径のものならば毎分千から千二百回転に達するものでなければならない。この差異は、製品の構造が異なる結果を招来する。

(三)  (構造において) 右のような回転数の差異は製品の構造に影響し、本件特許の方法によれば、製品の形成層は、箔結晶が「面状分布すなわち層状構成」をなすのに対し、債務者の方法による製品の形成層は、箔結晶が不規則状に分散し、面状分布、層状構成を示さない。

三 なお、債務者は、特許第一九七八六一号諸種の合成樹脂をもつて種々の形状の継目なし中空体を製造する方法の特許権につき特許権者稲葉哲から実施権の附与を受けているが、これに基く製作は、もとより本件特許方法に全くてい触しないばかりでなく、債務者は、まだ、この特許権を実施して製作を開始するに至つていない。

第三債務者の答弁に対する債権者の主張

(一)  (前掲二の(一)の主張について) 角鱗箔が市販のものであるかどうかは、本件特許の権利範囲に、何等の影響を及ぼすものではない。債権者も、現に、市販の材料を使用している。債権者が本件特許の出願をした当時(本件特許は、昭和二十四年十二月二日出願、なお、公告は昭和二十六年七月二十五日)に比して市販されている材料の品質が改善され、ただ、長期の保存にたえるために、硝酸繊維素又はセルロイドを有機溶剤中にとかしたものに魚鱗光体が練り込まれている点が、本件特許の方法どおりの精製法によつた場合に得られるものと相違するだけであるから、必要に応じて、この硝酸繊維素又はセルロイドを除去した後、本件特許の方法に従つて使用することができる。

(二)  (同(二)(三)の主張について) 賦与される運動において遠心力が作用するかどうか、したがつて、その回転数如何は、権利範囲の問題ではない。問題は、その運動によつて魚鱗光体が「面状分布すなわち層状構成」をなすかどうかである。そして、債務者の製品では、明らかに魚鱗光体が「面状分布すなわち層状構成」をなしているから、債務者の方法で賦与される運動は「面状分布すなわち層状構成をなすような運動」であり、したがつて、債務者の方法は本件特許の方法にてい触する。

(三)  (同三の主張について) 第一九七八六一号特許権について債務者の主張する事実は、本件特許の方法とのてい触の点を除いて、認める。

第四疎明関係

〈省略〉

理由

第一いわゆる債務者の方法の要点について

成立に争いのない甲第七号証、証人相馬冀の証言によりその成立を認め得る乙第四号証と証人谷山輝雄、相馬冀、早川光三(第一回)及び稲葉哲の各証言を綜合して考えると、現に債務者において製作しているボタン類の製法は、次のようなものであることが、一応、認められる。すなわち、

(一)  材料としては、オリエンタル・パール化成株式会社(社長は早川光三)の製造販売にかかるパール・エツセンスを、エステル一キログラムに対し六から七パーセント入れ、更に過酸化ベンソール七パーセントを入れて一昼夜放置したものを使用するが、このパール・エツセンスは、ニトロセルローズ(硝酸繊維素)とその可塑剤とを醋酸エステルにとかしたドーブ状のものの中に、魚鱗光体を六から七パーセント配合したものであること。

(二)  右溶液を円筒形の容器に封入して後、この容器に与えられる運動は、二インチ半直径のものに対して毎分四百から五百回転、一インチ直径のものに対して毎分千から千二百回転に及ぶ回転運動であるが、右回転数は、物理法則上、溶液にかかる重力を遠心力が打ち破るに足る数字であること。

(三)  右のような運動を与えながら、常時四十度から五十度の温度に加熱すること。

第二本件特許の方法と債務者の方法の異同について

債務者の主張によると、債務者の方法は、右(一)、(二)の点において、本件特許の方法と、全く異るものであるというのであるが、まず(一)の点(材料)について考えるに、証人西郷竹三郎の証言によれば、市販のパール・エツセンスも、その中からニトロセルローズ分を除去することによつて、本件特許の権利範囲(本件特許の権利範囲については、当事者間に争いがない。)にいわゆる糊状原液と、ほぼ同様の成分に変化せしめ得ることが、一応、認められる。もち論、厳密に化学的に見れば、市販のパール・エツセンスと本件特許の権利範囲にいう糊状原液とは、証人早川光三(第一回)の証言するようにその成分において、異るもののあることは、これを肯定するに難くないところであるが、その重要な相違点の一であるニトロセルローズの存在は、右早川証人の証言によつて認め得るように、主として、パール・エツセンスに商品としての耐久力を与えることを目的とするものである事実に、証人西郷竹三郎の証言によつて認め得られる債権者においても、その使用原液の素材として市販のパール・エツセンスを使用している事実を参酌して考えると、両者は、純粋な化学的成分においては、もとより、若干の相違点がありながらも、争いになつているボタン類製造の原液の素材という観点においては、その本質において、ともに、本件特許の権利範囲にいう「魚鱗を有機溶剤に入れて攪拌し濾過して得られる粉末状又は糊状の精製した魚鱗光体」の範疇に属するものと見ることができる。

しかして、右のパール・エツセンスを使用するかどうかの点を除けば、材料の面における本件特許の方法と債務者の方法との相違は、いうに足りないものであるから、前掲(一)の点に関する債務者の主張は採用できない。

次に(二)の点(与えられる運動)について考えるに、本件特許の権利範囲としては、与えられる運動は「魚鱗光体の大部分が面状分布すなわち層状構成をなすような運動」と定められているだけで、遠心力との関係については、何等触れるところがない。したがつて、与えられる運動として遠心力が作用するかどうかは、それだけでは、本件特許の権利範囲であるかどうかを判定する際の考慮の対象とすることはできない。蓋し、本件特許の権利範囲で定めるところが右のとおりである以上、本件において考慮に値し、また考慮されなければならないことは、債務者の方法における運動が、右権利範囲で定められた運動にあたるかどうかだけであり、その他のことは、すべて無関係な事柄だからである。したがつて、債務者が主張するように、現に債権者が採用している運動が、本件特許の方法のとおりでなく、むしろ、債務者の方法と同様であるということや、発明者富樫国太郎が本件特許に関する異議申立手続においてどんな説明をしたかというようなことは、仮に、そうだとしても、それだけでは、直ちに、本件特許の方法と債務者のそれとの異同を判定する資料となり得るものでないことは、多言を要しないところである。もつとも、成立に争いのない甲第一号証の二(本件特許の公報)の「発明の詳細なる説明」の中に実施例として記載されているところによれば、与えられる運動は毎分百五十回転を超えないものとされているが、右は単なる例示と見られるばかりでなく、右実施例においては、容器の径について触れていないから、これを基礎にして遠心力の関係を論断することはできない。

よつて、進んで、債務者の方法における運動すなわち、遠心力を重力以上に作用させるような回転数の運動を与える方法(以下遠心法という。)が果して、前記権利範囲にいわゆる「面状分布すなわち層状構成をなすような運動」と見得るかどうかについて判断する。その前提として、まず、債務者の製品の構造がどのようなものであるか、換言すれば、魚鱗光体の大部分が「面状分布すなわち層状構成」をなしているかどうかについて考察するに、証人谷山輝雄同西郷竹三郎の証言によつて成立を認め得る甲第八号証付属の写真フイルム四葉、成立に争いない甲第九号証の二の写真二葉、同第十号証の写真四葉、成立に争いない乙第十号証の写真三葉及び同第十一号証の写真十三葉は、いずれも当事者製品の表面(光沢のある面)又は断面(光沢のない面)の顕微鏡写真であるがこの中、右甲号各証においては、債務者の製品の断面において、平行に走る点線の系列が認められるものがあるに反し、右乙号各証の写真においては、同じ断面において、このような平行点線が認められない。しかしながら、前記甲乙各号証における写真以外の説明文、成立に争いない甲第九号証の一及び証人西郷竹三郎、同早川光三(第一、二回)の各証言を合せ考えると、右平行点線の認められる写真は製品をアセトン溶液中に十五秒程度置いたものであるに反し、その認められない写真は、同溶液中に六十秒程度置いたものであることが明らかであり、この事実は、証人早川光三の証言(第二回)するように、魚鱗光体がアセトン中で六十秒程度では溶解するものではないとしても、これを包む合成樹脂の溶解によつて、断面における平行線状が、時間の経過とともに、崩れたものであることを一応推測させるに十分である。又右早川証人の証言によれば、魚鱗光体の厚みは百から三百オングストロームで、可視光線の波長以下であるから、顕微鏡を用いてもこれを見ることはできないことが明らかであるが、ここで問題となるのは光体一枚一枚の厚みではなく、それが層々累積した場合に、なお、その断面に層状を呈する有様を見ることができないかどうかであるが、この点については、右証言だけで、これを否定的に断定するわけにはゆかない。前記甲第九号証の二には、債務者の製品の内部構造について、「黒線が現われ、これは層状に出ておる」との記載及び「断面から見たアクリル樹脂中における魚鱗箔の配置状況を推察するとほぼ互に平行な魚鱗箔が樹脂中に存在するとともに、雑然とした位置を規制できない魚鱗箔がある」との記載(試験実施者であり、右乙号各証の写真の名義人でもある東京都立工業奨励館長橋本宇一名義)があり、乙第十一号証の写真(四)の説明文においては、前記黒線を疵と解説しているが、この解説部分は、右甲第九号証の二の説明文と比照して採用し難く、他に、前記試験の結果に反するような疎明はない。したがつて、債務者の製品の内部構造は、一応、右第九号証の二の説明文にあるようなものであると認めざるを得ない。しかして、このような構造は、本件特許の権利範囲にいわゆる「魚鱗光体の大部分が面状分布すなわち層状構成」をなすものと、一応、認めることができる。したがつて、前記遠心法は、「面状分布すなわち層状構成をなすような運動」の一種というべきである。

第三本件仮処分の必要性その他について

以上考察した事実関係のもとにおいては、債務者の方法は本件特許の方法にてい触すると、一応、認めざるを得ない。しかして、債務者が別に第一九七、八六一号特許権の実施権を有することは当事者間に争いのないところであるが、債務者が現にこの特許権を使用してボタン類の製造をしていないことも債務者の自認するところであるから、債務者が製造し保有し販売しつつある商品(債務者の製造販売については、当事者間に争いがない。)はすべて本件特許権にてい触する方法により製作されたものといわなければならない。しかも、これによつて、債権者が月百五十万から二百万円の商品売上の減少を蒙りつつあることは、証人西郷竹三郎の証言によつて、一応、認めることができる。

よつて、本件特許権の侵害行為の禁止請求を本案とする本件仮処分申請は理由があると認められるので、本件において必要かつ十分な措置として、債権者において金二百万円の保証をたてることを条件に、主文第一項掲記の処分を命ずることとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官 三宅正雄 荒木秀一 倉田卓次)

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